昭和41年09月13日 夜の御理解
今にその、大阪商人に、立派な商人になって見せずにおくもんかと、どんなにいじめられてもどんなにこなされても、頑張るよといった様な事を書いてあるのを見せて頂いてから、本当にその、大阪商人が言うその土性骨、ね、まあいったこの、妾の子だっていうのでもう、本妻が、その、もう、あらゆるその手段でいじめぬいて、その、追い出そうとしておる、なんか部屋らしいんですよね。
その話題がこれから非常にこう、写真がある、まだなんかかわいらしい、まあその、真にせまるその、こう悲しい表情で、こうなにか睨み付けたごたる顔見せて頂いてから、本当にあの、憎まれっ子世にはばかる、はばかるとこういう事を申しますがですね、本当に私共でも自分の信心の順調さというものがあったら現在の顔ではないと私は思うですね。ただ私の言うなら土性骨です。これから先もそうです。
もう椛目は例えば、もう、その、その御広前に今度は、その、一つ実力を持って示さなんというような私のいつもの願いなんですけれど、まあ、あん、ああして形もそれに示してもですね、まあだそれでも、いろんな見方、いろんな非難があるでしょうね。けどそれがあればあるほど私の心の中に燃えたぎるものは土性骨です。
もういよいよおかげ頂いていく意外にはないんだというわけです。ね、だからそういう一つの、ま、いうならば、衆目の中、いうなら嵐の中にあるのですから、その事によって、この、土性骨を出しきらなかったらだめです。私の、なら、家族の者でもそうです。ここの中におれば、ここの中ではもう、とにかくさあ親奥さん、さあ若先生とこう言われておるから、ここの中ではもうそれで良かつもりごたるけれども、いっぽ外に出たらだーれもかれも相手にせんのですから。
相手にせんのっちいうても、私は相手にしきらんだろうとこう思うのですけれどもですね、それが私の根性なんです。だからこちらもまた相手にしてもらわんでもいいんだ、問題は助かりさえすりゃいいんだ。私がもっともっとおかげ頂いて、ね、でなかったら修行はできんです。それがなからなければ。とてもとても、それを思うたら朝寝やらしちょられんです。(?)。
ですからその、本当に、世に、その、まあこれは良い言葉じゃないですけれども、憎まれっ子世にはばかって、もう本当にはばかりきらんぐらいにいっちょ、はばかってみたいと私は思うとりますが、今晩のあの、夕刊を見せて頂くだけでも何か自分に共通するものがある。ね、あの写真を見ただけでも何か一本になるような感じがしました。夕刊のあの写真を見てごらんなさい。あれ見ただけでも元気が出るような顔してますよね。
どうぞ。